大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

山形地方裁判所 昭和56年(わ)98号 判決

主文

被告人Aを懲役二年六月に、被告人Bを懲役一年四月に処する。

被告人Bに対し、この裁判確定の日から三年間その刑の執行を猶予する。

被告人Aから金一、〇八〇万円を追徴する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人Aは、昭和五三年八月六日から同五六年二月二五日までの間山形県C市長として在任し、同市が発注する土木建築工事及び同市、同県D市、同県E市、同県F郡G町が組織するF公立病院組合の管理者として同組合が発注する建築工事に関し、指名競争入札における入札参加業者の指名及び入札予定価格の決定などの事務並びにC市職員の採用に関し、採用試験合格者の決定及び任命などの事務をそれぞれ統括掌理していたもの、被告人Bは、被告人Aの私設秘書であるが、

第一  被告人両名は共謀のうえ

一  昭和五四年七月二日ころ、同県C市《番地省略》所在のH方において、土木建築請負業等を営業目的とし、同所に本店を有するH建設株式会社(以下、H建設と略称する。)代表取締役Hから、C市が昭和五四年度に発注する同市立C児童館新築工事等の指名競争入札参加業者に右H建設を指名するなど便宜な取り扱いを受けたい趣旨のもとにその報酬として供与されるものであることの情を知りながら、被告人Bにおいて、現金二〇〇万円を受領し

二  昭和五五年四月二〇日ころ、同県天童市大字山元一、四四六番地の四所在の株式会社ホテル王将三二三号室において、前記Hから、C市が発注する土木建築工事の指名競争入札参加業者に前記H建設を指名するなど便宜な取り扱いを受けたい趣旨のもとにその報酬として供与されるものであることの情を知りながら、被告人Aにおいて、現金五〇万円を受領し

三  同年五月一一日ころ、肩書住居地記載の被告人A方において、土木建築等を営業目的とし、同県D市《番地省略》に本店を有する株式会社I建設(以下、I建設と略称する。)代表取締役Iから、C市が昭和五五年度に発注する同市立J町公民館新設工事及び同市公営住宅建設事業建築工事の指名競争入札参加業者に前記I建設を指名するなど便宜な取り扱いを受けたい趣旨のもとにその報酬として供与されるものであることの情を知りながら、被告人Aにおいて、現金一〇〇万円を受領し

四  土木建築請負業等を営業目的とし、同県D市《番地省略》に本店を有する株式会社K工務店(以下、K工務店と略称する。)代表取締役Kから、C市が昭和五五年度に発注した前記公民館新設工事の指名競争入札参加業者に右K工務店を指名し、工事設計金額の内報をするなど便宜な取り扱いを受けたことに対する謝札の趣旨のもとに供与されるものであることの情を知りながら、同年八月一〇日ころ、前記被告人A方において、現金一〇〇万円を、同年九月上旬ころ、同県D市《番地省略》所在の右K方において、現金一〇〇万円をそれぞれ受領し

もって、被告人Aの前記職務に関し賄賂を収受し

第二  被告人両名は、Lと共謀のうえ、昭和五四年一一月下旬ころ、前記被告人A方において土木建築工事の施行等を営業目的とし、東京都千代田区《番地省略》に本店を有するM建設株式会社の仙台支店営業部長N及び同支店山形営業所長Oの両名から、C市が昭和五四年度に発注したC都市計画下水道事業公共下水道北部第三幹線(五四―一工区)管きょ布設工事の指名競争入札参加業者に同支店を指名し、工事設計金額の内報をするなど便宜な取り扱いをしたことに対する謝礼の趣旨のもとに供与されるものであることの情を知りながら被告人Bにおいて、右Oから現金一二〇万円を受領し、もって、被告人Aの前記職務に関し賄賂を収受し

第三  被告人Aは

一  同年七月二八日ころ、前記同被告人方において、前記Iから、前記組合が昭和五四年度に発注したF公立病院脳神経外科病棟他増改築工事の指名競争入札参加業者に前記I建設を指名するなど便宜な取り扱いを受けたことに対する謝礼の趣旨のもとに供与されるものであることの情を知りながら、現金三〇〇万円を受領し

二  同年一一月上旬ころ、前記同被告人方において、Pから、C市が実施した昭和五五年度同市職員採用試験に応募した同人の長女P子を同試験の第一次試験に合格させるなど便宜な取り扱いを受けたことに対する謝礼及び同市職員に採用されたい趣旨のもとにその報酬として供与されるものであることの情を知りながら、現金五〇万円を受領し

三  同年一二月下旬ころ、前記同被告人方において、右Pから、前同試験に応募した右P子を同試験の第二次試験に合格させるなど便宜な取扱いを受けたことに対する謝礼及び同市職員に採用されたい趣旨のもとにその報酬として供与されるものであることの情を知りながら現金三〇万円を受領し

もって、被告人Aの前記職務に関し賄賂を収受し

第四  一 被告人Aは、昭和五五年五月二二日ころ、前記同被告人方において、被告人Bを介し、前記Kから、C市が昭和五五年度に発注する同市立J町公民館新設工事及び同市公営住宅建設事業建築工事の指名競争入札参加業者に前記K工務店を指名するなど便宜な取り扱いを受けたい趣旨のもとにその報酬として供与されるものであることの情を知りながら現金三〇万円を受領し、もって、自己の前記職務に関し賄賂を収受し

二 被告人Bは、同月一四日ころ、右被告人A方において、右Kから前記趣旨のもとに右被告人Aに供与されるものであることの情を知りながら同被告人のために現金三〇万円を受け取り、もって、被告人Aの右第四の一の犯行を容易ならしめてこれを幇助し

たものである。

(証拠の標目)《省略》

なお、被告人両名は判示第一の一、二の各所為につき、判示Hから前後二回にわたり現金合計二五〇万円を受領したことは認めるものの、その趣旨を否認するものの様であり、弁護人も右供述にそう主張をするので、以下、この点について判断するに、まず関係各証拠によれば次の事実が認められる。すなわち、まず、判示第一の一の所為について、被告人Aは、昭和五四年四月ころ、右Hに対し、C市が判示児童館新築工事を同年度に発注する予定である旨打ち明けるとともに、右建物が木造建築で、H建設も発注を受けることができるものであり、同年度に同市が発注する工事としては比較的大きい工事である旨の説明をしたところ、右Hは、右工事現場がH建設の本店と近接していたこともあって是非右工事の発注を受けたいと考えるに至り、その後、被告人らに対し機をみてはその旨申し出ていたこと、そして同年七月二〇日には同市の市議会議員選挙が施行されることとなり、被告人らは、同市議会の与党派議員が少数であったことからその選挙により多数の自派議員を獲得しようとして立候補予定者に陣中見舞と称して現金を配ろうとしたものの、その資金に窮して右Hに金二〇〇万円を要求するに至り、その結果、判示のとおり、被告人らは右Hから現金二〇〇万円の供与をうけたものであること、右選挙後の同年八月一五日ころ、被告人Aは右工事の指名競争入札参加業者に右H建設を指名し、被告人Bを介して右Hに右工事の設計金額を内報するなどの便宜を与え、H建設は指名競争入札の結果、右工事を落札して同市からその発注を受けるに至ったこと、また、判示第一の二の所為については、被告人Aはその妻とともに昭和五五年五月中旬の欧州旅行を計画し、その旅行費用に窮して、被告人Bを介し、右Hに対し現金五〇万円を要求し、その結果、被告人らは、判示第一の二のとおり、右Hから現金五〇万円の供与を受けていること、そしてその後においては、H建設は、C市の発注する土木建築工事の指名競争入札参加業者の指名を数回受け、市道原宿間木野線道路改良工事の発注を同市から受けるなどしたこと、以上の事実を認めることができる。

そこで、被告人らと右Hとの間になされた前後二回にわたる現金授受の趣旨について検討すると、まず右現金二〇〇万円の趣旨については、被告人両名の検察官に対する各供述調書によれば、いずれにおいても、「右現金二〇〇万円は、昭和五四年度にC市が発注を予定していた児童館新築工事等をHは取りたがっていたので、H建設をこの工事等の入札参加業者に指名して欲しいと思ってくれたものだと思った。」旨の各記載があり、証人Hの当公判廷における供述によれば、「自分は被告人Bから直接現金二〇〇万円を都合してほしいと言われ、市の仕事が減ったり、私の事業にマイナスにならぬようにするため右要求に応じたもので、右児童館新築工事についても頭にあった。」というのであり、これらの各証拠を前記認定のとおり現金二〇〇万円が授受された前後の状況に照らして考慮すると、右現金の授受に際し、児童館新築工事等に関する言葉のやりとりはなかったものの、H建設が右工事の発注を受けるに関し、便宜な取り扱いを受けたい趣旨の下に供与されるものであることは暗黙裡に了解していたものと認めることができる。次に、現金五〇万円の授受の趣旨に関しても、被告人両名の検察官に対する各供述調書によれば、いずれにおいても、「HはC市発注の建築工事の指名競争入札参加業者にH建設を指名してほしいということでよこしたものと思った。」旨の各記載があり、また、前記Hの当公判廷における供述によれば、「自分は、現金五〇万円くらいをBから要求されたが、業者だから少し大口の餞別をお願いに来たんだなと感じた。そしてC市の仕事の発注などで世話になると思ってこれに応じた。」というのであり、右各証拠を前記認定のとおり現金五〇万円が授受された前後の状況に照らして考慮すると、同市が発注する今後の工事に関し、便宜な取り扱いを受けたい趣旨の下に供与されるものであることは暗黙裡に了解していたものと認めることができる。

これに対し、被告人両名の当公判廷における各供述によれば、右現金合計二五〇万円の趣旨について、被告人Aと右Hとは、C市が発注する工事に関する以外に、以前から個人的な交際があり、とりわけ右Hは同被告人の市長選挙のときから同被告人を支持し、後援者でもあったこと、しかもC市の発注する工事以外にも同被告人が県会議員当時から仕事上種々の問題について相談に乗っており、特に右Hの経営するC生コンの売込み等について助力したことから右現金を受け取った旨供述し、関係各証拠から、右現金受領につき被告人らが供述するような事情も存したことは一応認められるものの、他方、被告人Aは、当公判廷において、右現金の受領につき、判示第一の一、二の各趣旨もあったことは必ずしも否定しない旨供述しているものであり、そうとすれば、被告人らが受領した右現金は、被告人Aの職務に関連する趣旨とともに同被告人とHとの個人的な関係及び前記生コン販売に同被告人が助力したことに対する謝礼の趣旨とに対し不可分的に包括して提供されたものに外ならないと認められるから、右金員全部が包括して不可分的に賄賂性を帯びるものというべく(最高裁判所昭和二三年一〇月二三日第二小法廷判決刑集二巻一一号一三八六頁参照)、したがって、被告人と右Hとの右各現金の授受につき、両者の個人的な関係や生コン売込みに対する謝礼の趣旨が含まれていたとしても、それらの各事情は判示第一の一、二の各犯罪の成立について何ら影響を及ぼすものではないことに帰着し、弁護人らの前記主張は採用の限りではない。

(法令の適用)

被告人Aの判示第一の一、二、第二、第三の一乃至三の各所為はいずれも行為時においては昭和五五年法律第三〇号による改正前の刑法一九七条一項前段(判示第一の一、二、第二の各所為についてはさらに刑法六〇条をも適用。)に、裁判時においては右改正後の同法一九七条一項前段(判示第一の一、二、第二の各所為についてはさらに同法六〇条をも適用。)に各該当するが、右はいずれも犯罪後の法令により刑の変更があったときにあたるから同法六条、一〇条により軽い行為時法の刑によることとし、判示第一の三、四及び第四の一の各所為(判示第一の四の所為は包括して)はいずれも同法一九七条一項前段(判示第一の三、四の各所為についてはさらに同法六〇条をも適用。)に各該当するところ、以上は同法四五条前段の併合罪であるから同法四七条本文、一〇条により刑及び犯情の最も重い判示第一の四の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人Aを懲役二年六月に処することとし、同被告人が判示各犯行により収受した賄賂はいずれも没収することができないので同法一九七条の五後段によりその価額金合計一、〇八〇万円を同被告人から追徴し、被告人Bの判示第一の一、二及び第二の各所為はいずれも同法六五条一項、六〇条及び行為時においては昭和五五年法律第三〇号による改正前の刑法一九七条一項前段に、裁判時においては右改正後の同法一九七条一項前段に各該当するが、右はいずれも犯罪後の法令により刑の変更があったときにあたるから同法六条、一〇条により軽い行為時法の刑によることとし、判示第一の三、四の各所為(判示第一の四の所為は包括して)はいずれも同法六五条一項、六〇条、一九七条一項前段に、判示第四の二の所為は同法六五条一項、六三条、一九七条一項前段に各該当するところ、判示第四の二の罪は従犯であるから同法六三条、六八条三号により法律上の減軽をし、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により刑及び犯情の最も重い判示第一の四の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人Bを懲役一年四月に処することとし、同被告人に対し情状により同法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から三年間右刑の執行を猶予する。

(量刑の理由)

本件は、判示認定のとおり、山形県C市長であった被告人Aが、その私設秘書であった被告人Bらと共謀のうえ、あるいは単独で、同市が発注する土木建築工事等に関して土木建築業者から、同市職員の採用試験に関して応募者の父親から、それぞれ、昭和五四年七月二日ころから同五五年九月上旬ころまでの間、前後一〇回にわたり現金合計一、〇八〇万円にのぼる賄賂を収受したという事案等であるが、被告人Aの右各犯行は、C市長でありF公立病院組合の管理者として同市及び同組合が発注する土木建築工事に関し指名競争入札参加業者の指名及び入札予定価格の決定などの事務並びに同市の職員採用に際し採用試験の合格者の決定及び任命などの事務を統括掌理するという強大な権限を有する同被告人が自己の選挙運動資金や自派の市議会議員獲得のため、更には妻との欧州旅行の資金欲しさなどからその権限を濫用し、同市から工事の発注を受けたいという業者の弱みにつけ入って直接賄賂を要求し、あるいは私設秘書の被告人Bや知人のLを通じて賄賂の提供方を交渉させあるいは執拗に催促するなどして前後一〇回という多数回にわたり、かつ、現金合計一、〇八〇万円という市長の汚職事件としては容易に他に例を見い出し難いほど多額の賄賂を収受したものであり、しかも右各犯行を敢行するに際し、同市職員や同市に設置された建築工事指名業者選定審査会等の意見を無視し、独断で指名競争入札参加業者を指名し、あるいは業者に工事設計金額を内報するなどの便宜を与え、また職員採用に際しても同市幹部職員が敢えて進言するのを無視して独断で右採用試験の成績の劣悪な者を合格させるなど、本来、公正であるべき同市、前記組合の工事発注に関する指名入札制度及び同市の職員採用制度を市長であり、組合管理者である同被告人自ら形骸化させたものであること、市長と土木建築業者との一連の本件涜職事件が発覚露呈された結果、市政の公正に対するC市民をはじめ地域住民の信頼が著しく損われたこと等本件各犯行の罪質、態様、回数及び賄賂合計金額、右犯行による社会的影響等を考慮すると、被告人両名の本件犯行は極めて悪質な犯罪といわなければならない。しかのみならず、被告人両名が本件各犯行をなすに至った動機、経緯等を検討すると、被告人Aは、C市長に当選してから、政治家としての選挙運動費用や市長として支出すべき冠婚葬祭等の交際費、後援会の維持費、議会工作費等に費用が嵩み、本件各犯行により収受した賄賂金は全て右経費等に費消され手元には何も残らなかった旨述べるのであるが、本件により収受した賄賂のうち一部は被告人A夫婦の欧州旅行費用にあてられており、これは専ら同被告人の遊興費として費消されたものとみられるうえ、右選挙運動費用や市長としての交際費等に費消したというのも所詮は、被告人Aの政治家としての基盤を金の力を借りて築こうとしたものに外ならず、その結果、C市政を建築業者等とゆ着した金権体質に堕落せしめ、市民の期待を著しく失墜させたものというべきであり、その動機等に照らしても同情する余地はなく、これらの事情を考慮すると、被告人Aの刑事責任は極めて重く到底実刑は免れないといわなければならないし、被告人Bも被告人Aの私設秘書として同被告人の意向に易々と応じ、その犯行に加担し、業者に対して直接賄賂の交渉をなし、執拗にその催促をするなど、本件において重要な役割りを果たしたものであってその刑事責任は重いといわなければならない。

しかしながら、被告人Aは、本件各犯行が発覚し逮捕後まもなく、自ら市長の職を辞任しており、本件犯行を深く反省しているものとみられること、同被告人にはこれまで業務上過失傷害罪により罰金刑に処せられたことがあるほかは他に前科もなく、山形県職員・山形県議会議員等の職歴を経てきたものであること、被告人Bについては、同被告人の本件各犯行は、被告人Aを信ずるまま同被告人の犯行の一部に加担したものであって、その立場は被告人Aに対し従属的なものであり、報われることもないまま、被告人Aとともに法の裁きを受ける身となったものであること、被告人Bにおいても反省の情が認められ、同被告人にはこれまで前科もないこと、被告人両名は本件各犯行によりすでに一定の有形無形の社会的制裁を受けていること等諸般の事情を考慮して、主文のとおり量刑した次第である。

以上の理由によって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 泉山禎治 裁判官 熊田俊博 伊藤茂夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例